郷地

いつもの陸橋。着いた頃には脱線事故の復旧作業が進んでいた。雨がぱらつく、何ら変わりない平日。

しかしやられた。頂いた情報よりも早く動いてしまったようだ。もうそこに居る。

流石は悪魔だ。最期の本線移動さえ簡単には撮らせてくれないとは。

先客が若干名、撮影していた。高いフェンスからどうにか、その姿を写真に収めようと奮闘していた。

職員も、その姿を記録しようとカメラを向ける。社内からも愛された何よりの証拠だろう。

久々に悪魔の御尊顔を拝む。

ぐっときた。1ヶ月前は何ら変わりなく留置される姿に“魂が抜けたような”という表現を使用したが、そんな自分を卑下したくなるほどに。

本当に魂が抜けたようだ。行き先表示器、運転台、前面プレートに側灯など、鉄道車両としてあるべき物がそこにはない。役目を終えた現実をまじまじと見せつけるその本人自身の姿に心を打たれた。

梅雨時の雨も演出して寂しさを引き立てる。

普段は見れない貫通扉を外から拝むのはこれが最初で最後。


新製から28年と11ヶ月、変わらずにねぐらとして過ごしてきたこの馬込車両検修場。彼にとっても思い入れの強いこの場所を離れることを彼自身も寂しそうにしていた。彼はいま、何を想い、何を感じているのだろう。自走はできず、アントに引かれて架線のない場所で搬出の時を待つ。そんな5320編成を、見届けてきた。次に5320編成を見に行くのはまたすぐのことになるだろうか。

まだ交通局の白い悪魔は真に引退した、とは言えないであろう。本線上を離れ、トレーラーのエスコートの元、最期の場所へと向かうのだ。最終運用日にも今回のマゴメ探訪にも大変な目に合わせてくれた。

あとがき

屁理屈を書かせてもらう。筆者は本線上を離れたイコール引退ではない、と解釈する。そりゃ鉄道車両としての役目を終えたならそれは引退だと言うかもしれないが、しつこく、これはあくまで個人的な屁理屈である。解体され、鉄くずになるその瞬間まで、形として存在するのならば、それは引退とは言えないであろう。

KS芝  2023/06/15(木)

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