KS芝

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  • AF-S 80-400/4.5-5.6G
  • AF-S 70-200/4G
  • AF-S 50/1.8G
  • AF-S 18-70/3.5-4.5G
  • AF 28-100/3.5-4.5G
  • AF 80-200/2.8D(出張中)
  • AF 28-70/3.5-4.5D
  • AF 18-35/3.5-4.5D
  • Series E 75-150/3.5
  • Ai 300/4.5
  • SC-Auto 55/1.2
  • Q-Auto 135/2.8
  • Q-Auto 20cm F4
  • AF 17-50/2.8 (B005)
  • 28/2.5 (B02)
  • Z.D14-42/3.5-5.6

その他多数…

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  • 郷地

    いつもの陸橋。着いた頃には脱線事故の復旧作業が進んでいた。雨がぱらつく、何ら変わりない平日。

    しかしやられた。頂いた情報よりも早く動いてしまったようだ。もうそこに居る。

    流石は悪魔だ。最期の本線移動さえ簡単には撮らせてくれないとは。

    先客が若干名、撮影していた。高いフェンスからどうにか、その姿を写真に収めようと奮闘していた。

    職員も、その姿を記録しようとカメラを向ける。社内からも愛された何よりの証拠だろう。

    久々に悪魔の御尊顔を拝む。

    ぐっときた。1ヶ月前は何ら変わりなく留置される姿に“魂が抜けたような”という表現を使用したが、そんな自分を卑下したくなるほどに。

    本当に魂が抜けたようだ。行き先表示器、運転台、前面プレートに側灯など、鉄道車両としてあるべき物がそこにはない。役目を終えた現実をまじまじと見せつけるその本人自身の姿に心を打たれた。

    梅雨時の雨も演出して寂しさを引き立てる。

    普段は見れない貫通扉を外から拝むのはこれが最初で最後。


    新製から28年と11ヶ月、変わらずにねぐらとして過ごしてきたこの馬込車両検修場。彼にとっても思い入れの強いこの場所を離れることを彼自身も寂しそうにしていた。彼はいま、何を想い、何を感じているのだろう。自走はできず、アントに引かれて架線のない場所で搬出の時を待つ。そんな5320編成を、見届けてきた。次に5320編成を見に行くのはまたすぐのことになるだろうか。

    まだ交通局の白い悪魔は真に引退した、とは言えないであろう。本線上を離れ、トレーラーのエスコートの元、最期の場所へと向かうのだ。最終運用日にも今回のマゴメ探訪にも大変な目に合わせてくれた。

    あとがき

    屁理屈を書かせてもらう。筆者は本線上を離れたイコール引退ではない、と解釈する。そりゃ鉄道車両としての役目を終えたならそれは引退だと言うかもしれないが、しつこく、これはあくまで個人的な屁理屈である。解体され、鉄くずになるその瞬間まで、形として存在するのならば、それは引退とは言えないであろう。

    KS芝  2023/06/15(木)

  • 1651

    「今日の1651は3668か。寄り道ついでに大佐倉でやろう。」と思ったはいいものの、左手が怪我でダウン中のためズーミングができない。ともなれば考えていた撮影は叶わないのでしょうがなく歩いて代替案を探してみる。

    陸橋にあがってみるもやはりフェンスが高すぎる。とぼとぼ歩いていると、視界に入ったのは前から気にかけていた謎の急階段。気になったので頂上へ行ってみれば山中のお寺への階段だった。

    余談になるがお寺としては階段の利用を推奨していなかった。(急すぎるが故、怪我が発生する可能性があった、若しくはすでに発生していたか)

    これは使えるな

    直感で決定して本番を待つ。

    レンズをパーティの中で最も広い18-140に切り替え、側面を重視して狙う。ここで18-140を使ったのは、勿論18-55を所持していないので最も広角を出したかったのが1番だが、何よりもここはゆがみを使うとと面白いのでは?というこちらも直感で思ったので、18-140の難癖を長所と捉えて使う。

    と、当時は考えていたらしい(2年後の筆者)

    18mmでうまくまとめられたと思うが、もう少し広角のレンズがあればなあと感じた。見送ったDX12-24f4を投入したくなった撮影であった。

    あとはわずがに枝がかかってしまったがこれは自然たるもの、仕方あるまい。

    ズーミングを使わない固定で狙いに行く撮影は久々だったが自分の中での点数は85点の撮影だった。

    おわり。

  • 5/26

    地震から30分ほど経ってから、大した被害もなかった筆者は電車に乗りユーカリが丘にいた。

    なんでも、佐倉から先が不通らしく仕方なく快特が臨時停車していた。(ドア扱いあり)

    1877K

    その後しばらく、勝田台へ移動すると…

    18AE63

    続いても臨時停車。イブニングライナーが勝田台に10分ほど停車していた。(間隔調整)

    それ使えない?と言う思いつきでやってきた普通を利用。兎にも角にも動体が欲しかったのだ。

    目と脳を鍛える良いトレーニングとなった。

    おわり。

  • 確かにそこに居る。

    確かにそこに居る。もう走ることはなくとも。

    5/21(日)、遅れた通夜のため、マゴメを訪れる。

    眠りについて3ヶ月がたった悪魔の、余生を外から眺めに1人馬込に向かう。予定よりもだいぶ遅れた時間だがこのくらいでいい。立石を通過する頃には日が暮れていた。

    A01 Nishimagome Sta.

    行き詰まり駅の奥の無機質な階段を上り、出口に向かう。目指すは多くの人が足を運んだあの陸橋。

    たった数ヶ月前まで、多くの人が足を運び、その姿をカメラに収めたであろう、まさに“聖地”だ。

    到着してすぐに、3000形のような音がしたことに違和感を覚えてみると、E5000が入れ替えをしていた。走行しているところを見るのは初。

    後輩に囲まれ、静かに佇む。

    車番が剥がれた、などの噂も流れたものの、今日も出庫を待つかのように停車している。

    “使用停止”などの文言がないのも相待って、まだまだ現役のように窺えるが、3ヶ月、殆ど動きなく、現役と変わらず留置される様はまるで魂が抜けたようで、淋しく感じられた。

    前回探訪時にはここに5320が停まっていた。

    時間も時間。営業運転終了から3ヶ月を迎えた独りぼっち20番の通夜を終えた。

    この陸橋に立ち、これまでどれだけの人が5320の為に足繁く通い、その姿を拝んだのだろうか、どれだけの人の記憶に残り続ける場所なのだろうか、などと考えた。いつか5320が寝ぐらから居なくなろうと、多くの人々には5320と同じくらいの価値を持つ場所なのかもしれない。

    そんな想いを胸に、再び改札に入り列車に乗り込む。

    おわり。

  • 消えゆく情景

    今年度の年間投資計画には、京成立石〜四ツ木間の高架化推進という項目があった。

    果たして、いつまでみられる日常なのだろうか。

    おわり。

  • 帰り道
    2119

    マゴメ探訪の帰り道。混んだ快速に乗り込む事を酷く嫌悪した筆者は、気づけばイブニングライナー券を購入していた。

    おわり。

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