この日は5320Fにとっても災難であっただろう。
8月8日。この日はTwitterにおいて、5320Fの廃車回送日であると広く知られた日である。実際5320Fは15T運用に充当。


消灯のおかげで、少し違った表情の悪魔を拝むことができた。
おわり

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この日は5320Fにとっても災難であっただろう。
8月8日。この日はTwitterにおいて、5320Fの廃車回送日であると広く知られた日である。実際5320Fは15T運用に充当。


消灯のおかげで、少し違った表情の悪魔を拝むことができた。
おわり

まだ600万画素の一眼レフを持ち歩いていた頃のお話。


被りがカツかったお陰で、こんなものが。偶然の産物。


何があったのか、わかるでしょう?当時は被ることを知らず、ルンルンで待っていたところ、不思議なほど同業者が来ないことに驚いた。
不穏な空気を感じ始めて頃には遅かった。なす術もなく、ただただ現実を受け入れるしかなかった、、、
この後の帰宅は酷く落胆した筆者であった。
おわり


行くもの来るもの。お客を乗せては下ろし、そうして忙しなく走り去る。
撮影日:2022-11/19

5320の1発目の記事となる記念すベき(?)初回。当時、16年前の一眼とキットレンズを片手に無光源闇鉄に挑んだと言うなんとも無理のある撮影だったが、結論から言えば、2つ、利点を得られた。

一つ目は、当時経験値上げをしていた自分にとっては、“なんとなく”でうまく行っていた中での数少ない“思った通りにいかない一例”となった。これが後のプラン選択においても重要な経験になってくる。
二つ目は、自分の機材のメリットデメリットを見つけ、自分が何を求めているかを再認識する機会となったこと。(こちらは比較的よくあったのだが。)
撮影列車は1855T。222改正後に誕生した運用で、快速成田空港で馬込を出庫し、折り返し快特西馬込で入庫すると言う簡単なモノ。現在は53Tに運番を変えている。
この列車、1825空港発と、かなり遅め。夏至付近であっても沿線での撮影が叶うのはせいぜい佐倉程度までであろう。 そんな列車をなぜ大神宮下で挑もうと思ったのか、全く記憶にないが、カーブ構図だから? 自分の考えに想像が及ばずむず痒いとこではあるが、記録とも言えない写真となった。
当時、この写真を投稿したところ、フォロワーの少ないTwitterでも引用にて何か言われたことを記憶している。まあそら言われるわな、と思ったが、今ならもう少し上手くやっていることだろう。寧ろ今ならどう動くのか、ノープランでやってみたいものである。しかし5500ともなればLED表示機を止めることすら困難となるので上手い具合に処理をせねばならぬ。
さいごに、222改正の55Tの運用表が記憶から消滅していたので、らっぷ様の運用表を参考にさせていただきました。(いつもお世話になっております。)
おわり。


変則的なポイントを超えて来るは、見慣れた色の電車。日々変わる都会の狭間をトコトコと走る短い電車。走り続けて124年。人力鉄道から電車へ。さらに今度はワンマン運転化。
見た目で大きな変化はない四半世紀でも、実は日々時代に合わせ変わって行く金町線。来年度にはピッカピカの新車が走る事になろう。それもまた時代なのだ。
おわり。


乗務員が元気よく閉まる音を確認してから、チョッパのサウンドを響かせながら、またゆっくりと列車は加速してゆく。
終点まではまだ半分以上。
おわり。